2009年度 どこか板公認キッズチャン推しメン



第2位 第1位 第3位
矢島舞美 鈴木愛理 熊井友理奈

緊急注意
現在このikam015.s22.xreaサーバーは非常に不安定です
もしも全面的にアクセス不能になった場合はこちらまでよろしくお願いします

 どこかの避難所

皆様にはご迷惑を掛けてすみません

バスが着くまで

1 :心の鏡:2006/02/15(水) 19:38:43

読みかけの短編小説集に栞を挟み、高橋愛はふうと一つ息を吹いた。
叩きつけるような暴風雨の中をバスはのろのろと走り続けている。
とても予定時刻通りには着きそうにはない。

着いたら色んな人に謝らなきゃいけないんだろうな
―――あたしが悪いわけじゃないのに―――
そう思うと読んでいた本の世界にも上手く入り込めなかった。

2 :心の鏡:2006/02/15(水) 19:39:44

高橋は本を読むことを諦めて車内へと視線を移す。
彼女の他にも数人の乗客がいるが、
彼らは高橋の存在に気をとめることもなくただ彼らの時間を過ごしている。


雨は相変わらず激しく降り続いている。


そんな雨に全てを削ぎ落とされたかのように色を失った車内には
高橋の気を紛らわせてくれるものは一つもなかった。

3 :心の鏡:2006/02/15(水) 19:40:28

不意にバスが止まる。
怪訝な表情をしながら高橋はバスの前方を覗き込む。
無数に連なる車の列。
その列の先頭は遥か彼方にあり、高橋の目には入らない。
事故か。工事か。
それともこの暴風雨の影響なのだろうか。
ともかく到着時刻がさらに遅れることだけは間違いない。

高橋は深くため息をつく。
バスが目的地に着くまで一体どれくらいの時間がかかるのか想像もつかない。
せめてそれがわかればいいのにと高橋は思う。

目的地ははっきりしているのに。
ただそこに向かうだけなのに。

4 :心の鏡:2006/02/15(水) 19:40:43

あたしが悪いんじゃない。
あたしのせいじゃない。
運が悪かっただけなんだ。

雨が降らなければ。
風が吹かなければ。
事故が起きなければ。
渋滞が起きなければ。

高橋は心の中で繰り返す。
いや、繰り返さない。
いや、繰り返している。
だが高橋は彼女自身の心の声に気づくことはない。

鏡を見なければ自分の姿を見ることができないように、
高橋は高橋の心の中を見ることはできない。

あたしのせいじゃない。
あたしのせいじゃないんだ。

5 :心の鏡:2006/02/15(水) 19:41:38

高橋はすっと瞼を閉じる。
どうせ降りるのは終着駅だ。
それまで眠っていても何も問題はないだろう。
黙っていてもバスは着く。
高橋が何もしなくても・・・・・きっと。

バスを動かすのがあたしの仕事じゃない。
バスに乗るのがあたしにできる全て。
あたしには雨を止ませることはできない。
あたしには風を止めることはできない。

高橋の思いは決して言葉になることはない。
彼女が言葉として意識する前に、思いは心の深い闇へと消えていく。
高橋が高橋の心に触れることはない。

6 :心の鏡:2006/02/15(水) 19:41:52

やがて高橋は眠りにつく。




バスが動いているのか止まっているのか。




眠りについた高橋にはもうわからない。

7 :名無し娘。:2006/02/15(水) 19:42:16

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

8 :新宿:2006/02/16(木) 00:18:07
おっとどこか板には珍しいシリアス作
手軽な読み易さも良い感じでした

スマップ?

9 :名無し娘。:2006/02/16(木) 20:22:36
>>8
スマップに「心の鏡」という曲があったんですね。
知りませんでした。
正直ちょっと焦りました。
その曲の歌詞と自分の書いた話がかぶってたらどうしよう・・・と。
でも全然かぶっていなかったようですね。
あー、よかった。

10 :名無し娘。:2006/02/16(木) 20:22:45

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

11 :彼女の伴奏者:2006/02/16(木) 20:24:41

読みかけの短編小説集に栞を挟み、高橋愛はふうと一つ息を吹いた。
叩きつけるような暴風雨の中をバスはのろのろと走り続けている。
とても予定時刻通りには着きそうにはない。

着いたら色んな人に謝らなきゃいけないんだろうな
―――あたしが悪いわけじゃないのに―――
そう思うと読んでいた本の世界にも上手く入り込めなかった。

12 :彼女の伴奏者:2006/02/16(木) 20:25:23

高橋は本を閉じて首の関節をこきこきと鳴らす。
眠ろうかとも思ったが目は冴えている。
本を読んで眠くなることはほとんどない。
本の世界に入り込めないときは特にそうだった。
再び本を読もうかどうか。高橋は少し迷う。


しゃんしゃんと音を立てて雨はバスの窓を叩く。


窓の内側には滝のように結露が滴り落ちている。
高橋はそれを拭い、外の景色を見ようとするが、
窓の外側を叩く雨風が全ての景色を洗い流してしまう。

13 :彼女の伴奏者:2006/02/16(木) 20:26:21

高橋はバスの中を見回す。
当たり前だが、車内に高橋の知っている人間は一人もいない。
まるで背景の一部分のように人々はバスの中に溶け込んでいる。
そこにいる人間は、本当に人間なのか。
それを確認することすら高橋にはできない。

声をかけるのは不可能ではない。
全然難しいことじゃない。
でもそうすることは永遠にないだろう。

彼らが人間なのか、背景の一部なのか。
どちらにしても高橋にとっては同じことだった。

14 :彼女の伴奏者:2006/02/16(木) 20:26:33

しゃんしゃんと音を立てて雨はバスの窓を叩く。



高橋は窓の外を見ることはできない。
本の中に逃げることもできない。
バスの中の人達と言葉を交わすこともしない。
彼女はどこを向くことも許されはしない。
だが彼女はそのことに不自由さを感じたりはしない。
バスに乗ることを選んだのは彼女自身だ。
孤独は彼女が選んだ彼女の伴奏者。



高橋の意思を尊重して―――雨の中をバスは進む。

15 :彼女の伴奏者:2006/02/16(木) 20:27:22

高橋は再び首の関節をこきこきと鳴らす。
少なくとも彼女の体は彼女の意思に従って動く。
当たり前の事実が高橋の心を少し軽くする。

すっかりやることがなくなってしまった高橋は、
バスが着いてからのことにしばし思いを巡らす。
あまり愉快なシュミレーションではなかったが、
とりあえずいくばくかの時間潰しにはなった。

いくら雨が降ろうが
いくら風が吹こうが
バスはいつか目的地へ着くだろう。
バスを降りれば現実が待っている。

高橋は本をカバンにしまい、携帯電話を手にとる。

16 :名無し娘。:2006/02/16(木) 20:27:40

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

17 :名無し娘。:2006/02/16(木) 22:45:35
おいおい、これどこかにはもったいないキラーコンテンツじゃないですか?
この後どう展開していくかは想像も付かないんですが
ちょっと本格的な感じですね 楽しみ楽しみ

18 :名無し娘。:2006/02/17(金) 19:43:54
>>17
このスレは一応参加型のつもりで書いています。
新宿さんもどこかの名無しさんもその他の人も、
「こういうことなのかな?」
というのがわかりましたら書いてみてください。
よろしく。

19 :名無し娘。:2006/02/17(金) 19:44:06

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

20 :二つの時計:2006/02/17(金) 19:45:06

読みかけの短編小説集に栞を挟み、高橋愛はふうと一つ息を吹いた。
叩きつけるような暴風雨の中をバスはのろのろと走り続けている。
とても予定時刻通りには着きそうにはない。

着いたら色んな人に謝らなきゃいけないんだろうな
―――あたしが悪いわけじゃないのに―――
そう思うと読んでいた本の世界にも上手く入り込めなかった。

21 :二つの時計:2006/02/17(金) 19:45:51

高橋は腕時計に目をやる。
時計の秒針は大荒れの天気とは無関係に確実に時を刻んでいる。
何の目的も意思もなく、時計はただただ針を進める。
秒針がきっかり12のところを指すのを見てから、
高橋は時計から目を離す。


時計の針が12を指す度に、
全てがリセットされたような気持ちになるが―――
もちろんそんなことはなく、過去は過去として積み重ねられていく。


バスは相変わらずのろのろと進んでいる。
まるで川の流れに逆らって泳ぐ魚のようにその動きは重い。
そのバスと同じ時を刻んでいるとは信じがたいくらい―――
降り続く雨の勢いは鋭さを増していた。

22 :二つの時計:2006/02/17(金) 19:46:33

高橋は決められた時刻を脳内で反芻する。
約束の時間。
その時間に間に合わないことは間違いないだろう。
仕方がない。
だが高橋は諦めきれずにその時刻を繰り返し反芻する。
約束の時間。
何度も何度も繰り返すが、その時間が変わることはない。


激しく吹きつける雨も時の流れを止めることはできない。


何も変わらない。
変わらずに時は流れる。
雨が降ろうが風が吹こうが。
約束の時間が来れば高橋愛はモーニング娘。として―――
もう一人の高橋愛として動き出さなければならない。

23 :二つの時計:2006/02/17(金) 19:47:44

高橋は再び時計に目をやる。
時計は高橋の腕の上で静かに時を刻んでいる。


この時計はあたしの時計。
あたしだけの時を刻む時計。
どこへも消えはしない。
あたしだけの時間。
あたしの中にだけ積み重なっていく時間。


雨はさらに鋭さを増し―――バスは一向に進まない。

24 :二つの時計:2006/02/17(金) 19:48:16

高橋の時計が約束の時刻を指したとき、
高橋の中ではもう一つの時計が動き出す。
その時計も同じように時を刻み、高橋の中に時を積み重ねていく。


激しく吹きつける風雨のように。
のろのろと進まないバスのように。


何ら矛盾することなく二つの時計は二つの時を刻む。


右手と左手のように。
心と体のように。

25 :二つの時計:2006/02/17(金) 19:48:38

高橋は約束の時間に着くことを諦め、時計から目を離す。
雨はすぐには止みそうにない。
今すぐ止んだとしても、やはり間に合わないだろう。
仕事が始まるのが遅れれば、終わるのが遅れるだけだ。


もしかしたら他の子も遅れてくるかもしれない。
そう思うと一人であれこれ考えるのもバカバカしい。
高橋は座席に深く座り直し、指で髪を梳く。


やがて高橋は仕事とは全く関係のないことを考え出す。
雨は相変わらず激しく降りつけているが―――
高橋の耳にはもう雨の音は届いていない。

26 :二つの時計:2006/02/17(金) 19:48:50

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

27 :節操ナシ:2006/02/18(土) 01:21:51
素敵なスレですね。

高校の頃や、塞ぎこんでた時期を何となく思い出しました。
色々引っ張り出せそうなそうでも無さそうな・・・
こういう感覚大事にしたいです。

28 :名無し娘。:2006/02/18(土) 01:28:35
どっかで見たことあると思ったらこれか
http://www.omosiro.com/~sakuraotome/live/test/read.cgi/bbs/1098530612/

このときも参加型って聞いた気がしたけど
これの途中から話を書き込むってのは相当勇気いるね

29 :名無し娘。:2006/02/18(土) 10:06:02
>>27
誰にでもそういう感覚ってあると思います。
普段は気がつかないだけで。
つまり誰でもこういう文章が書けると。
まあ一回書いてみてください。

>>28
あんまり気にしなくていいんじゃないですか。
参加型は参加型です。
それ以上でもそれ以下でもないですよ。

30 :名無し娘。:2006/02/18(土) 10:06:16

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

31 :バスは咆える:2006/02/18(土) 10:06:32

読みかけの短編小説集に栞を挟み、高橋愛はふうと一つ息を吹いた。
叩きつけるような暴風雨の中をバスはのろのろと走り続けている。
とても予定時刻通りには着きそうにはない。

着いたら色んな人に謝らなきゃいけないんだろうな
―――あたしが悪いわけじゃないのに―――
そう思うと読んでいた本の世界にも上手く入り込めなかった。

32 :バスは咆える:2006/02/18(土) 10:07:27

バスは低いエンジン音を上げながら停車と発車を繰り返す。
重々しいシフトチェンジの音が高橋の腹にもずんと響く。
オイルの匂いが鼻から喉を通って高橋の胸に届く。
普段はバスに酔ったりはしないのだが、
今日のバスは酷く乗り心地が悪く、高橋は軽い吐き気を覚える。


高橋は神経質に何度も足を組みかえる。
背中を座席に擦り付けるように上下させては、何度も姿勢を整える。
凝り固まった体をほぐそうとするが、
その度に足元に立てかけていた傘が高橋の足を濡らす。


繰り返される停発車。エンジンの音。オイルの匂い。濡れた傘。
一つのことが気にかかると、全てのことが気にかかる。
一つのことが嫌になると、全てのことが嫌になる。

33 :バスは咆える:2006/02/18(土) 10:09:01

高橋の心の中に、不意に嫌いな人間のイメージが思い浮かぶ。
イメージはドミノのようにパタパタと倒れていく。
嫌いな人間はまた別の嫌いな人間を呼び、
そしてまたその嫌いな人間は別の嫌いな人間を連想させる。


好きな人間も心に思い浮かべようとするが、
そのイメージはあまりにも弱々しく―――
あっという間に嫌いな人間のイメージに取って代わられる。


精巧に再現されたイメージは高橋の心の中で奔放に振舞う。
高橋はそれらのイメージを一つ一つ潰していくが、
潰しても潰しても新たなイメージが次々と沸き起こってくる。

34 :バスは咆える:2006/02/18(土) 10:10:11

心の中のストーリーは高橋の思う通りに進む。
嫌いな人間も、心の中では思う通りに動く。
だが嫌いな人間が嫌いであることに変わりはない。
やがてイメージはイメージであることが信じられないくらい
鮮明な形となり、高橋に向かって叫ぶ。



おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお。



突然発せられた、1オクターブ外れたような
けたたましいバスのエンジン音で高橋は目を覚ます。
いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
嫌な汗をかいた。
じとつく下着がさらに高橋の不快度を増す。

35 :バスは咆える:2006/02/18(土) 10:10:55

高橋は夢の残滓をかき集める。
どこまでが現実でどこからが夢なのかよくわからない。
とりあえずはっきりしていることは―――
今いるここが夢の中ではなく現実であるということだけだった。


バスは急な上り坂に差し掛かり、
エンジンの音は再び1オクターブ上がる。
音だけを聞いているとまるで空回りしているようだ。
バスは持っているポテンシャルをフルに稼動させながら、
信じられないくらいゆっくりと坂を上っていく。


やがてバスは坂を上りきり、バスは速度を上げる。
一向に止みそうにない雨の中を―――
目的地に向かってバスは走り続ける。


咆えるように重いエンジン音をたてながら。
オイルの匂いをまきながら。
降りしきる雨の中を。
一人の少女の―――夢と現実を乗せて。

36 :名無し娘。:2006/02/18(土) 10:11:14

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

37 :ノンストップ・バス:2006/02/19(日) 19:20:58

読みかけの短編小説集に栞を挟み、高橋愛はふうと一つ息を吹いた。
叩きつけるような暴風雨の中をバスはのろのろと走り続けている。
とても予定時刻通りには着きそうにはない。

着いたら色んな人に謝らなきゃいけないんだろうな
―――あたしが悪いわけじゃないのに―――
そう思うと読んでいた本の世界にも上手く入り込めなかった。

38 :ノンストップ・バス:2006/02/19(日) 19:23:20

重力に忠実に引き寄せられる雨粒は激しくバスの屋根を叩く。
赤く腫れ上がったバスのヒラメ筋はバスの中にいる高橋の目には入らない。
高橋の目に入っている黒目は何も映さない。
黒くあることだけが自己存在の全てと言わんばかりに
車内に溢れる全ての光を深く深く吸い込む。

高橋は冷蔵庫を開けて中にある冷蔵庫を取り出す。
綿棒を耳に入れる時のような繊細な指使いで高橋は箱を開ける。
箱の中で息も絶え絶えな運転手を高橋は人差し指でつつく。
何か言いたげな運転手の唇は金具の詰まったファスナーのように
限られた範囲内で意味もなく上下動を繰り返す。

いつの間にか冷蔵庫は扉を固く閉じている。
高橋は窓を開けて冷蔵庫と冷蔵庫をポンと投げ捨てる。
雨に濡れながら二つの冷蔵庫はゆっくりと高橋の視界から消える。

39 :ノンストップ・バス:2006/02/19(日) 19:24:23

意を決して高橋は運転席に座る。
車内の乗客達は拍手喝采で高橋を迎え入れる。
強く振られたサイリウムは時折乗客の手からすっぽ抜け、
長い帚を従えた流れ星のように白く青く車内を飛び交う。

バスは愛媛と大分の県境に差し掛かる。
免許を持たない高橋は勘と柴犬を頼りにハンドルを切る。
舌を口の中に入れることを忘れた柴犬は
高橋の拙い運転技術を的確なアドバイスでフォローする。

落ち着きを取り戻した高橋はベッドに横になると
カチャカチャとテレビのリモコンをいじる。
大画面に映し出された高橋愛はキラキラと輝いている。
画面の中の高橋はベッドに転がる高橋愛を見るやいなや
これしかないという絶妙の音量で舌打ちし、テレビのリモコンを切る。

40 :ノンストップ・バス:2006/02/19(日) 19:25:18

黒く塗りつぶされた画面を前に高橋はかつてない興奮を覚える。
降り続く雨の音をBGMに高橋は踊る。
興奮していることによって踊っているのか
踊っていることによって興奮しているのか
ダンスと高揚は鶏と卵のように高橋の脳内で生誕と輪廻を繰り返す。

ダンスに飽きた高橋はバスのシフトレバーで卵を割る。
熱せられた卵はあっという間に固く焼きあがる。
卵の殻を持て余した高橋は車内にあったはずの冷蔵庫を探す。
冷蔵庫は3秒ほど前に窓から捨ててしまったことを思い出した高橋は
やむなく殻をバスの料金箱に捨てる。

ガリガリと音を立てて卵の殻は料金箱に吸い込まれる。
その単価がバスの運賃に見合うものかどうか高橋にはよくわからない。
わからないがわからないなりにわからなかかった高橋は
追加の運賃として焼き上がった卵と鶏も料金箱に入れる。

柴犬は空ろな目でそれをじっと見つめている。

41 :ノンストップ・バス:2006/02/19(日) 19:26:50

右に左にハンドルを切りながら高橋はボーナスステージをクリアする。
古めかしい効果音を上げて高橋に500ポイントが追加される。
感情をストレートに表現することには全く抵抗のない高橋は
軽い呼吸困難に陥らんばかりにノンストップで笑う。


バスの状況とは無関係にモーニング娘。は解散する。


高橋は意味もなく興味本位でバスのクラクションを鳴らす。
音は予想以上に大きく、さらに高橋のテンションを突き上げる。
もはや高橋の体内には収まりきらない衝動はバスの中を真っ直ぐに貫く。
焼き鳥を貫く―――竹の串のように。

高橋は後ろを振り向き笑顔で手を振る。
乗客が我先にと車外に避難を始めている。
雨に濡れ、風に吹かれながら車外に飛び出した乗客達は
この宇宙で誰も作ることができなかった永久機関のように
永遠に止まることなくころころと高速道路を転がり続ける。

バスの中には高橋と1203匹の柴犬だけが取り残される。

42 :名無し娘。:2006/02/19(日) 19:27:08

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

43 :名無し娘。:2006/02/25(土) 22:05:41

読みかけの短編小説集に栞を挟み、高橋愛はふうと一つ息を吹いた。
叩きつけるような暴風雨の中をバスはのろのろと走り続けている。
とても予定時刻通りには着きそうにはない。

着いたら色んな人に謝らなきゃいけないんだろうな
―――あたしが悪いわけじゃないのに―――
そう思うと読んでいた本の世界にも上手く入り込めなかった。

44 :名無し娘。:2006/02/25(土) 22:05:51

バスはいつもよりもかなり混み合っている。
人々の発する熱気が半透明の霧のように高橋を包む。
数十人がひしめき合う車内。
だが誰一人として言葉を発するものはない。
雨の音だけが高橋の耳に響く。


雨の音。
どんな人工的な音響よりも無機質な音を立てる雨。
間断なく鳴り響く雨の巨大なエネルギー。
その全てのエネルギーを推し量ることはできない。
降り注ぐ雨の―――全ての雨粒を数えることができないように。


そんな雨の中を小さなバスは走り続ける。
風に揺られながら。
雨に打たれながら。

45 :名無し娘。:2006/02/25(土) 22:06:01

バスはさらに速度を緩める。
ゆっくりと路肩に寄せてバス亭の前に止まる。
どかどかと無遠慮に乗り込んでくる新たな乗客達。
さらに人口密度が高まった車内は―――
心なしか少し膨張したようにすら感じる。


言いようのない圧迫感が高橋を襲う。


人の熱気。
人の呼吸。
人の動作。
人の視線。
人の存在。


全てが高橋には疎ましく思える。
早くここから降りたいという衝動が高橋を支配するが―――
バスは遅々として進まない。

46 :名無し娘。:2006/02/25(土) 22:06:17

高橋はすっと目を閉じる。
高橋の視界からは全ての人間が消える。
だが人の発する熱気は消えない。
気配も。存在感も。
ずけずけと高橋のテリトリーに入り込んでくる。


高橋の心は弱い。


高橋は瞳を開いて苛立たしげに掌で窓を拭く。
するりと水のカーテンが開き、外の景色が目の前に現れる。
雨は人間以上に雄弁に語りかけてくるが、
その言葉は優しく、高橋の乱れた心を静める。


人の熱気は相変わらず無遠慮に高橋を包むが、
降り続く雨の柔らかい音が緩衝材となって高橋の心を守る。
雨だけが高橋に優しい。
空から降る。
雨だけが。

47 :名無し娘。:2006/02/25(土) 22:06:27

そんな高橋の気持ちを無視するかのように、
バスはさらに新たなバス亭で乗客を飲み込む。
これ以上はないというくらいバスは混み合う。
それでも車内の乗客達は一言も言葉を発しない。


雨はさらにエネルギーを高めて無限に降り注ぐ。


バスは見覚えのある角を左に曲がる。
どうやらもう少しで目的地に着くようだ。
高橋は本をカバンに入れ、くるりと傘をたたみ直す。
傘の先でこつんこつんと床を叩く。

傘をつたう水滴が床を濡らす。
床を走る水滴は大きな流れと合流し、一つの水溜りとなる。
もはや誰もそれを雨とは呼ばない。

48 :名無し娘。:2006/02/25(土) 22:06:38

あたしは雨――――
空から降り注ぐ雨―――
地を這う水溜りなんかじゃない。
世界を覆い尽くす雨。
無限のエネルギーを秘めた雨。

虚勢にも似た思いを胸に高橋は席を立つ。
もはや他の乗客の存在感など気にはならない。
高橋は高橋という名のステージの主役となり、
踊るようにその一歩を踏み出す。


高橋の心は弱い。


そんな高橋の心を知るものは誰もいない。
誰も知らない。
高橋本人ですら。

ただ雨だけが。
雨だけが優しく高橋を包む。

49 :名無し娘。:2006/02/25(土) 22:06:56

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

50 :名無し娘。:2006/02/25(土) 22:07:46
久しぶりに書いたらタイトル入れるの忘れてしまった・・・・・
>>42-49のタイトルは「雨だけが優しい」です。

51 :名無し娘。:2006/02/26(日) 20:52:28

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

52 :黒は汚れない:2006/02/26(日) 20:52:59

読みかけの短編小説集に栞を挟み、高橋愛はふうと一つ息を吹いた。
叩きつけるような暴風雨の中をバスはのろのろと走り続けている。
とても予定時刻通りには着きそうにはない。

着いたら色んな人に謝らなきゃいけないんだろうな
―――あたしが悪いわけじゃないのに―――
そう思うと読んでいた本の世界にも上手く入り込めなかった。

53 :黒は汚れない:2006/02/26(日) 20:53:11

窓から見える景色は全てが雨に濡れている。
無色透明な雨は粛々と降り続き街の色を奪う。
街も道もバスも人々も。
全てが雨に色を奪われる。


バスはぐずぐずと雨の中を進む。
仕事の時間は着実に迫っているが、高橋にはどうすることもできない。
高橋は上手く回らない仕事に思いをやる。
昔と何も変わらないかのように回り続ける仕事。
だけどそれは見かけだけ。
ルームランナーの上で走り続ける自分を高橋は連想する。


走り走り走り走り走り走る。


だが高橋はその場から一歩も動いていない。
そして疲れて走るのを止めた瞬間、
高橋はベルトコンベアで遥か後方へと流されていく。
見えなくなる。
誰の目からも。

54 :黒は汚れない:2006/02/26(日) 20:53:24

高橋はどこへも行けない現状を見つめる。


泣きたくない。
笑いたくない。
怒りたくない。
諦めたくない。
やりたくないことばかり。
あたしがやりたいことは何?


雨は粛々と降り続ける。
高橋の心を逆撫でするように。
たんたんと音を立てて、雨は高橋の心を叩く。

55 :黒は汚れない:2006/02/26(日) 20:53:41

やりたいことはたくさんある。
でもできはしない。
あたしができることは限られている。
やるべきことをやるだけ。
ただそれだけ。


雨はたんたんと音を立てて降り続ける。
それでも雨は荒んだ高橋の心を潤してはくれない。
雨はざあざあと側溝になだれ込み、先の見えない闇へと流れていく。


高橋は無為に繰り返されたここ数年の日々を思う。
上京してから起こった様々な出来事がフラッシュバックする。


あの頃の高橋の心は真っ白だった。
どんな色にも輝ける可能性を秘めていた。
だが今はもう真っ白な心は高橋の中には残っていない。
真っ黒な思いだけが高橋の心を占める。

56 :黒は汚れない:2006/02/26(日) 20:53:54

雨は降る。
街を無色透明に染めて。
だが高橋の心は無色にはしてくれない。


高橋は停車ボタンを押して席を立つ。


後ろは振り向かない。


高橋の心は黒く重い。
だがその漆黒の心は毅然と高橋の現実を見つめる。
高橋の心は何にも動じない。
泣くことも笑うことも怒ることも、諦めることもない。
高橋の黒い心は―――もう何色にも染められることはない。

57 :名無し娘。:2006/02/26(日) 20:54:07

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

58 :バラバラにして終わり:2006/02/27(月) 22:21:51

読みかけの短編小説集に栞を挟み、高橋愛はふうと一つ息を吹いた。
叩きつけるような暴風雨の中をバスはのろのろと走り続けている。
とても予定時刻通りには着きそうにはない。

着いたら色んな人に謝らなきゃいけないんだろうな
―――あたしが悪いわけじゃないのに―――
そう思うと読んでいた本の世界にも上手く入り込めなかった。

59 :バラバラにして終わり:2006/02/27(月) 22:22:08

現実と空想の世界を行き来しながら高橋の心は空ろに漂う。
何について考えればいいのか。
それすらわからぬまま時間だけが過ぎる。


現実逃避。
でもどこへ逃げればいいんだろう。
あーあ。
仕事行きたくないなあ。


高橋は今日の仕事の予定を確認する。
それは幼い頃に高橋が思い描いていた夢のような仕事。
昔からずっとやりたいと思っていた仕事。
だが高橋の心は灰色の空のようにどんよりと重い。

60 :バラバラにして終わり:2006/02/27(月) 22:23:04

・・・・・どんよりと重い。」


そこまで書いて俺はディスプレイから目を離した。
どうも上手く書けない。
相変わらず女の子の心情を書くのは難しい。
全然女の子っぽくないもんね。
本物はこんな風に動いたり思ったりはしないだろうなあ。


そんなことをつらつらと思う。
ここ最近、同じような文章ばかり書いている。
というか何を書いても同じようなテイストになってしまう。
昔はその文体が結構好きだったりしたのだが、
今は凝り固まった自分のスタイルが少し鬱陶しい。

61 :バラバラにして終わり:2006/02/27(月) 22:23:57

俺は画面をスクロールさせて以前書いた文章を見る。
うむ。
今と全く同じようなことを書いているな。
確認するまでもなかったか。
試行錯誤の跡すら見当たらないぜ。


などと思いながら水を飲む。
しばらくかたかたと文章を打ち込む。
気に入らない文章を削る。
前後関係がおかしい章を組み替える。


文章を書く度に、推敲を重ねる度に、
自分の書きたかった高橋愛が鮮明に浮かび上がってくる。
ような気がする。
だがそんな思いも再度読んでいくとこなごなに砕ける。
書けてない。全然書けてない。

62 :バラバラにして終わり:2006/02/27(月) 22:25:01

ため息をつきながら再度書いた文章を見直す。
文章をコピペしてはあちこちへ動かす。
使えそうな文章を残すために新たな文章を加える。
バラバラにしては組み立てなおす。
そんなことの繰り返し。


最近、同じようなことばかり考えている。


同じようなことを考えて、同じようなことを繰り返す。
同じ作業を繰り返すのは嫌いではない。
でも同じようなことばかり思考するのは好きじゃない。
そんなことをつらつらと考える。
これも昨日考えたことなんだが。

63 :バラバラにして終わり:2006/02/27(月) 22:26:18

どうやら今日はダメな日らしい。
俺は今書いている章を今日中に仕上げることを諦める。
書いたものをばらばらにして気に入ったものだけ残す。
さようなら、今日の高橋愛。


書きたいことはまだ残っている。
多分ね。
書くものが何もなくなってしまう日なんて来ないだろう。
人は息をするのと同じように、常に何かを表現し続けている。
表現しているものが何かってのは人それぞれだけど。


俺は消そうかなと思った文章を三つくらいに分けて保存する。
組み替えれば別の場所で使えるかもしれない。
きっと明日の高橋愛はここにいる。
そんなことを思いながら俺はPCをシャットダウンする。

64 :名無し娘。:2006/02/27(月) 22:26:31

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

65 :ふざけたメール:2006/02/28(火) 20:42:34

読みかけの短編小説集に栞を挟み、高橋愛はふうと一つ息を吹いた。
叩きつけるような暴風雨の中をバスはのろのろと走り続けている。
とても予定時刻通りには着きそうにはない。

着いたら色んな人に謝らなきゃいけないんだろうな
―――あたしが悪いわけじゃないのに―――
そう思うと読んでいた本の世界にも上手く入り込めなかった。

66 :ふざけたメール:2006/02/28(火) 20:43:53

高橋は携帯電話を手に取り、待っている人に連絡を取ろうとする。
だが携帯の画面は圏外のマークを示している。
意味はないとわかりつつも高橋は携帯をかたかたと振る。
アンテナを伸ばしては窓際へと近づけるが、
携帯は一向につながろうとはしない。


こんな東京のど真ん中で。
ここでつながらなくてどこでつながるの?


やりきれない思いが高橋を支配する。
一応、高橋は遅れる旨を記したメールを作り、
いつでも送れるように保存してから携帯電話をしまう。
強く吹く雨と風がさらに高橋の心を苛立たせる。

67 :ふざけたメール:2006/02/28(火) 20:44:31

高橋は何度も時計に目をやる。
どうやら一時間くらいは待たせてしまいそうだ。
待たせる身より待つ身は辛い。
そんな使い古された言葉が心に浮かぶ。


あの人は待っていてくれるかな。


高橋はこれまで待ち合わせの時間に遅れたことはなかった。
待たされたことも一度もなかった。
お互いまだ相手を待たせても平気なほど親密ではなかった。
少なくとも高橋はそう考えていた。

68 :ふざけたメール:2006/02/28(火) 20:45:08

高橋はもう一度作ったメールの文章を確認する。
遅れるのは雨のせいだが、あまり無責任なことも書けない。
ほんの一言二言の文章を何度も何度も推敲する。


不意にいたずら心が頭をもたげる。
高橋は普段、友達に出すような意味不明のふざけたメールを作る。
それを見てあの人はどう思うだろうか。
圏外とわかっていながら高橋は送信のボタンを押す。
メールは画面の中をゆらゆらと舞う。


アンテナのアイコンが一本ぴっと立つ。
高橋はあわてて送信を中止する。
「送信を中止しました」という表示が出ると同時に
携帯電話は再び圏外であることを示すマークが灯る。

69 :ふざけたメール:2006/02/28(火) 20:45:40

高橋は作った二つのメールをかわるがわる見つめる。
消そうか。送ろうか。
心の中ではとっくに出ている答を高橋は保留し続ける。
携帯をいじりだしてからかなりの時間が経っていたが、
高橋はその時間を長いとは感じていなかった。


雨は乱立する東京のビル群に降り続ける。
覆いかぶさる雲を突くように、ビルは高く空へと伸びている。
濡れたコンクリートはさらに切れ味を増したかのように
鋭く深く東京の街並みを切り裂く。


バスはいまだ目的地の半分も来ていない。
待ち合わせの時間は今にも過ぎようとしていた。
高橋の携帯は気がつくともはや圏外でもなんでもなくなっていた。
はあとため息を一つ吐いて高橋がメールを送ろうとしたその瞬間、
高橋の携帯に一通のメールが届く。

70 :名無し娘。:2006/02/28(火) 20:45:54

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

71 :雄弁な心の私:2006/03/04(土) 20:59:46

読みかけの短編小説集に栞を挟み、高橋愛はふうと一つ息を吹いた。
叩きつけるような暴風雨の中をバスはのろのろと走り続けている。
とても予定時刻通りには着きそうにはない。

着いたら色んな人に謝らなきゃいけないんだろうな
―――あたしが悪いわけじゃないのに―――
そう思うと読んでいた本の世界にも上手く入り込めなかった。

72 :雄弁な心の私:2006/03/04(土) 21:00:02

永遠に着かんかったらええのに。
このままずっと。
ずっとバスは走り続けてくん。
この雨の中を。

雨。雨。
雨やまない。やみそうにない。
雨は流れてってどこに消えるんやろ。
消えてもいつかまた雨は降るのに。
無駄やね。
なんで同じことを繰り返すんやろう。

傘。傘。
傘って無駄が多いデザインやね。
もう少し効率的に雨を防げんもんやろか。
レインコート。
原始的。あんなん誰でも考え付くわ。

濡れたくない。雨。もう。
なんで乾くまであんなに時間がかかるんやろ。

73 :雄弁な心の私:2006/03/04(土) 21:00:11

ああ。バス全然進まん。
別に道も混んでへんのになんでやろ。
なんでこんなゆっくり走るん?
雨が強いから?風が強いから?
知らんわー。ほんま知らんわ。うえ。

これ暴風雨警報とか出てへんのかな。
出たら仕事休みになるんかな。学校みたいに。
多分ないやろな。仕事やもん。やもんね。

うわ。あの看板センスないわ。
あれはありえへんわ。
あんなんでも作るんにお金かかっとるんやろな。
無駄やわ。ご苦労様やわ。風で飛ばされたらええんや。
アカンわ。ほんまに飛んだら凹むわ。

74 :雄弁な心の私:2006/03/04(土) 21:00:25

バスは車体を右に左に微妙に傾けながら走る。
時折大きな水溜りに車輪を突っ込む。
水しぶきは大きな波となって歩道に降り注ぐ。
暴風雨が吹き荒れる街には歩道を歩いている人はほとんどいない。


水は見渡す限りの地面を覆い尽くす。
行き場を失った水はさらに水の上に水を重ねる。
波打つ水溜りは冠水となって街中のアスファルトを隠す。
ごぼごぼと排水溝から水が吹き出る。
それでも尚、圧力を重ねるように雨は降り続く。


高橋を乗せたバスは水を押しのけながらゆっくりと進む。
目的地へ向かってゆっくりと。
目指すその先にも雨は雪崩のように降り続いている。

75 :雄弁な心の私:2006/03/04(土) 21:00:42

これホンマやばいんとちゃう?
シャレんならんほど雨降ってるやん。
なんかちょっと楽しくなってきた。
もっと大事になったらどうなるんやろ。
避難とかせなアカンのかな。どこに行ったらええんやろ。

もうな。地球滅びたらええんや。
そしたら全部チャラやん。
あたしがやってきたことも、みんながやってきたことも全部。
もうお終いでええやん。
そうでもない限り、絶対に終わらへんやん。
誰か止めて。全部終わらせて。もうええわ。

アカンわ。
滅んだらあたしも( ´D`) テヘィでまうわ。それは嫌やわ。
でもでもでもでも
一回だけ全部チャラにならんかな。
この雨。すごい雨や。
それくらいできてもええのに。

76 :雄弁な心の私:2006/03/04(土) 21:00:54

うわ。雨ちょっと弱なってきたわ。
これ止むんちゃう。なにそれ。もう。
それやったら最初から降らんかったらええのに。

あーあ。今日も普通に頑張らな。
まあ普通でええか。
やることやって。雨が止んで。それでええか。
うん。もうそれでええわ。
チャラになるんはもう少し先でええわ。


雨――――・・・・・止め!


アカンわ。念じても止まんわ。

77 :名無し娘。:2006/03/04(土) 21:01:08

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

78 :雨が止んでも:2006/03/07(火) 20:50:21

読みかけの短編小説集に栞を挟み、高橋愛はふうと一つ息を吹いた。
叩きつけるような暴風雨の中をバスはのろのろと走り続けている。
とても予定時刻通りには着きそうにはない。

着いたら色んな人に謝らなきゃいけないんだろうな
―――あたしが悪いわけじゃないのに―――
そう思うと読んでいた本の世界にも上手く入り込めなかった。

79 :雨が止んでも:2006/03/07(火) 20:50:45

高橋は窓外の景色を見ながらぼんやりと自分のことを考える。
いつの間にか友達になっていた友達。
いつの間にか後輩になっていた後輩。
いつの間にか仕事になっていた仕事。


自分は流されているのだろうか。
そんなことはないはずだ。
周りには十分気を遣っているつもりだが、
いつも言われるのは「高橋はマイペースだ」という言葉。
あたしは流されてなんかいないはず。


そうなのかな。
流されてなんかいない。
マイペースでもない。
本当のあたしは―――果たしてそうなのかな。


さらさらと流れていく雨。
高橋の耳に届く雨音は徐々にに弱まっていく。
吹き荒れる風も次第に強さを弱めていく。
バスは―――高橋には感じられないほどだが―――速度を上げる。

80 :雨が止んでも:2006/03/07(火) 20:51:24

高橋はイヤホンを耳に差し入れる。
流れてくる娘。の新曲に身を任せながら歌詞を再確認する。
歌詞は何度も何度もなぞっていくうちに意味を失う。
意味を失い―――そして高橋と一体となる。


曲を一通り聞き終えた高橋はイヤホンを外す。
どうももう一度聴く気にはなれなかった。
気になる時間を確認するために高橋は再び時計に目をやる。
高橋の時計の秒針は―――
ふるふると左右に震えながら今にも止まりそうになっている。


高橋は慌ててバスについている時計の方に目を向ける。
どうやら高橋の時計はかなり遅れていたようだ。
約束の時間は完全に過ぎてしまっていた。

81 :雨が止んでも:2006/03/07(火) 20:52:07

高橋はカバンの中から携帯電話を取り出す。
5件の着信が入っていることに気づき、高橋は短く舌打ちする。
車内で携帯をかけることは躊躇われたが―――
そうも言っておれず、高橋は折り返し電話をかけ、関係者に連絡をとる。


雨はさらに雨足を弱めていた。
アスファルトに張ったいくつかの水溜り。
その水溜りの水面の乱れだけが雨が降っていることを知らせていた。
車の流れもいつの間にかスムースになってきていた。
バスは時刻表の遅れを取り返そうと速度を上げる。


電話を掛け終えた高橋は深いため息を一つつく。
雨でバスが遅れたのは仕方のないが、連絡が遅れたのは高橋のミスだった。
言いたいことは山ほどあったが―――何も言えなかった。
やりきれない思いが高橋を包む。

82 :雨が止んでも:2006/03/07(火) 20:52:25

あたしはマイペースなんかじゃないのに。
そんな一言で片付けてほしくない。
時計が止まってたんだもん。
気づかなかっただけだもん。
あたしは、あたしは、あたしは―――


そんな高橋をよそにバスはさらに速度を上げる。
雨は完全に上がっていた。
街行く人々も傘をたたみ、いつものペースで歩き始める。
分厚い雨雲はいまだ空を包んでいたが、
街並みはもう既にいつもの平穏な空気を取り戻していた。


高橋はそんな街の空気に気づくこともなく―――
ただゆらゆらとバスに揺られているだけだった。

83 :名無し娘。:2006/03/07(火) 20:52:52

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

84 :あたしのお気に入り:2006/03/09(木) 22:30:46

読みかけの短編小説集に栞を挟み、高橋愛はふうと一つ息を吹いた。
叩きつけるような暴風雨の中をバスはのろのろと走り続けている。
とても予定時刻通りには着きそうにはない。

着いたら色んな人に謝らなきゃいけないんだろうな
―――あたしが悪いわけじゃないのに―――
そう思うと読んでいた本の世界にも上手く入り込めなかった。

85 :あたしのお気に入り:2006/03/09(木) 22:30:54

高橋はぱたりと本を閉じる。
くるりと裏返して文庫本の背表紙にあるあらすじに目を通す。
そこには書いても書かなくてもいいようなことが書いてあった。
それでも高橋は本を読んだような気になる。
無理矢理自分を納得させて本をしまう。


高橋は今日の仕事の内容を反芻する。
バスが着いてからやらなければならないことを確認する。
到着が遅れてもやることはほとんど変わらないだろう。
高橋は最も手馴れた手順で脳内の情報を整理する。


これから始まる長い長い仕事。
それも脳内でまとめてしまえば本当に大したことがない。
一言二言でまとめることができた。

86 :あたしのお気に入り:2006/03/09(木) 22:31:19

高橋は車内の人間をそれとなく見回す。
バスに乗り合わせた人々の平均年齢は高い。
暖かそうな服を着たお婆ちゃん。
よれよれの帽子をかぶったお爺ちゃん。
皆、それぞれ語り合うでもなくそれぞれの時間を過ごしている。


高橋は不思議そうな目で老人たちを見つめる。
齢を重ねた人々が身に付けている服装。
センスがあるとかないとかを超越した服装。
普段着という言葉以外見当たらない。
それらの服は体の一部のように完全に老人と調和していた。


あの人らは一体何年くらいあの服を着てるんやろうか。
昨日買ったと言われたらそんな気もするけれど。
なんであんなに似合っとるんやろうか。
似合うとか似合わないとか関係ないんやろうか。
なんであんなに―――無理がないんやろうか。

87 :あたしのお気に入り:2006/03/09(木) 22:31:28

大荒れの外の天気とはうらはらに、
バスの中は普段のような穏やかな雰囲気に満ちていた。
バスはそんな隔絶された空間を守りながらゆっくりと進む。
雨も風もバスの中の雰囲気を侵すことはできない。
ゆっくりと、だが確実にバスは目的地へと進む。


高橋は再び今日の仕事のことを考える。
内容は本当に単純で簡単なことだった。
ここ数年、何回も繰り返してきた仕事。
今さらどうこう考えるようなこともないはずだった。


文庫本のあらすじをなぞるように―――
高橋はこれまでの経験を思い返す。
思い出は尽きる事のない雨のように高橋に降り注ぐ。
だがそれらは既に記号化された記憶の記憶。
思い出される度に編集されてきた記憶の記憶の記憶。


高橋は―――心のさらに深い場所を探る。

88 :あたしのお気に入り:2006/03/09(木) 22:31:40

記憶の断片が新たな記憶を呼び覚ます。
これまでほとんど思い出すことのなかった、
新鮮な記憶がいくつも高橋の心に思い浮かぶ。


あたしが重ねてきた年月―――
それはあらすじなんかじゃない。
幾重にもページを重ねた壮大な物語だったはず。
無駄なページなんてない。
齢を重ね、経験を重ね、あたしはここまで進んできた。
それら全てがあたしの世界。あたしの物語。
その物語の上に今のあたしがいる―――いる―――いる。


高橋は一端、思考を中断する。
思い出したいことは一通り思い出せたような気がする。
カバンから鏡を取り出して自分の顔を見る。
これが今のあたし。


気がつけばバスはもう目的地に着こうとしていた。
高橋は手に持っていたお気に入りのコートを羽織り―――
すっと席を立つ。

89 :名無し娘。:2006/03/09(木) 22:31:59

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

90 :短編小説集:2006/03/12(日) 20:05:53

読みかけの短編小説集に栞を挟み、高橋愛はふうと一つ息を吹いた。
叩きつけるような暴風雨の中をバスはのろのろと走り続けている。
とても予定時刻通りには着きそうにはない。

着いたら色んな人に謝らなきゃいけないんだろうな
―――あたしが悪いわけじゃないのに―――
そう思うと読んでいた本の世界にも上手く入り込めなかった。

91 :短編小説集:2006/03/12(日) 20:06:20

読みかけの短編小説集を開き、高橋愛はふうと一つ息を吹いた。
叩きつけるような暴風雨の中をバスはのろのろと走り続けている。
とても予定時刻通りには着きそうにはない。

なんでこんなに憂鬱な気分になるんだろう
―――あたしが悪いわけじゃないのに―――
そう思うと読んでいた本の世界にも上手く入り込めなかった。

92 :短編小説集:2006/03/12(日) 20:06:36

読みかけの短編小説集に栞を挟み、高橋愛はふうと一つ息を吹いた。
叩きつけるような暴風雨の中をバスはのろのろと走り続けている。
とても数百万もするような精密機械だとは思えない。

雨が降ったくらいでなんで遅くなるんだろうな
―――雨くらいいつだって降る可能性はあるのに―――
そう思うと読んでいた本の世界にも上手く入り込めなかった。

93 :短編小説集:2006/03/12(日) 20:06:52

読みかけの短編小説集を再び開き、高橋愛はふうと一つ息を吹いた。
叩きつけるような暴風雨の中をバスはのろのろと走り続けている。
運転手はもうすっかり予定時刻に着くことを諦めているようだ。

着いたら色んな人に謝らなきゃいけないんだろうな
―――運転手なんかより何倍も真摯な気持ちで―――
そう思うと読んでいた本の世界にも上手く入り込めなかった。

94 :短編小説集:2006/03/12(日) 20:07:05

読みかけの短編小説集に再び栞を挟み、高橋愛はふうと一つ息を吹いた。
叩きつけるような暴風雨の中をバスはのろのろと走り続けている。
もう止まらなければ御の字といった感じだった。

着いたら色んな人に謝らなきゃいけないんだろうな
―――たかが雨くらいのことで―――
そう思うと読んでいた本の世界にも上手く入り込めなかった。

95 :短編小説集:2006/03/12(日) 20:09:43

読みかけの短編小説集を再び開き、高橋愛はふうと一つ息を吹いた。
叩きつけるような暴風雨の中をバスはのろのろと走り続けている。
もはや予定時刻という言葉は意味をなさない。

謝るまでのこの気分の悪さは一体なんなんだろう
―――謝ってしまえば簡単に済むことなのに―――
そう思うと読んでいた本の世界にも上手く入り込めなかった。

96 :短編小説集:2006/03/12(日) 20:09:55

読みかけの短編小説集を再び栞を挟み、高橋愛はふうと一つ息を吹いた。
叩きつけるような暴風雨の中をバスはのろのろと走り続けている。
とても予定時刻通りには着きそうにはない。

着いたら色んな人に謝らなきゃいけないんだろうな
―――あたしが悪いわけじゃないのに―――
そう思うと読んでいた本の世界にも上手く入り込めなかった。

97 :名無し娘。:2006/03/12(日) 20:10:20

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

98 :彼は闇の中を走る:2006/03/15(水) 21:21:46

闇は広い。
彼の足元から遥か彼方の地平線の向こうまで
気が遠くなるほどの広さで彼を囲む。
闇は彼の服の中を浸し
彼の胸を撫で
彼の首筋を通り抜ける。


彼は闇の中をただ走る。


空から降る雨だけが彼の輪郭を浮かび上がらせる。
雨は彼の首筋を伝い
彼の胸を撫で
彼の服を浸す。

99 :彼は闇の中を走る:2006/03/15(水) 21:21:58

彼が歩を刻む度にぴちゃぴちゃと規則正しい音が響く。
雨は泥を含み生き物のように跳ね上がる。
彼の走った後にはねじれた泥の跡が残る。
だがそれもやがて降りしきる雨に消されていく。


彼は前だけを真っ直ぐに見つめる。
闇がうねる何もない空間。
濡れた髪が彼の視界を遮る。
だが彼は身じろぎもせずにただ真っ直ぐ前だけを見ている。


雨を含んだ服が彼に重くのしかかる。
時間とともに重さは増すが、やがてある一定の重さで止まる。
彼は着ていた服が最初からその重さであったかのように、
何ら動じることなく変わらぬペースで走り続ける。

100 :彼は闇の中を走る:2006/03/15(水) 21:22:09

彼の体から湯気が立ち上る。
熱を発する体が服に染み渡り、雨を飛ばす。
立ち上がる湯気は闇に混ざり一瞬にして消える。
短い湯気のカーテンを切り裂くように雨は降る。


彼の発した熱は無為に消える。
初めからそこにはなかったかのように。
それでも彼は走り続ける。


雨に。闇に。抗うように。
彼は走り続ける。
そんな彼を闇はしっとりと包む。
そんな彼を雨はしっとりと濡らす。

101 :彼は闇の中を走る:2006/03/15(水) 21:22:19

闇は彼を黒く塗りつぶす。
雨は彼を水で包む。
彼は雨にも闇にもとけ込むことなく走り続ける。


彼の呼吸。
彼の鼓動。
彼の熱気。


そういったものが輪郭となり彼を作る。
彼は一個の彼となり雨の中を走る。
彼は彼でしかない彼となり闇の中を走る。


彼は闇ではなく。
雨でもなく。
彼は彼であり―――――――――


――――――――――――――――――

102 :彼は闇の中を走る:2006/03/15(水) 21:22:32

読みかけの短編小説集に栞を挟み、高橋愛はふうと一つ息を吹いた。
叩きつけるような暴風雨の中をバスはのろのろと走り続けている。
とても予定時刻通りには着きそうにはない。

着いたら色んな人に謝らなきゃいけないんだろうな
―――あたしが悪いわけじゃないのに―――
そう思うと読んでいた本の世界にも上手く入り込めなかった。

103 :名無し娘。:2006/03/15(水) 21:22:47

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

104 :夢から醒めたら:2006/03/18(土) 22:00:20

読みかけの短編小説集に栞を挟み、高橋愛はふうと一つ息を吹いた。
叩きつけるような暴風雨の中をバスはのろのろと走り続けている。
とても予定時刻通りには着きそうにはない。

着いたら色んな人に謝らなきゃいけないんだろうな
―――あたしが悪いわけじゃないのに―――
そう思うと読んでいた本の世界にも上手く入り込めなかった。

105 :夢から醒めたら:2006/03/18(土) 22:00:58

時に強くなり、時に弱くなり、それでも雨は降り続く。
窓を通して見える景色はいつもと少しだけ違うように感じる。
いつもと違う景色。
いつもと何かが違うような感覚。
高橋はぼんやりとしながらも街に向けて耳を澄ます。
だがその耳には車が水溜りをはねる音しか聞こえない。


結局いつもと変わらない街なのだろうか。
そして
いつもと変わらない人生を生きなければいけないのだろうか。


高橋が乗るバスも同じように水溜りをはねながら進む。
いつもとは違うざわめきに身を任せながら
高橋は体の内側からゆっくりと広がっていく睡魔を迎え入れる。
眠れそう―――眠れそう―――眠れそう。
規則正しい寝息を立てながら高橋は眠りに落ちる。


街のざわめきは相変わらず高橋の耳に入ってくる。
眠っていることを自覚しながら高橋は眠る。
起きたくなったら起きればいい。
バスに揺られながら高橋はそんなことを考える。

106 :夢から醒めたら:2006/03/18(土) 22:01:09

高橋は夢を見ている。
夢の中の高橋は何にも縛られていない。
世間からも。自分からも。自分の記憶からも。


時間を気にすることなく
約束をきにすることなく
仕事をキニすることなく
友達をキニスルことなく
人生をキニスルコトナク


夢の中で高橋は二人で遊んでいる。
20年近いこれまでの生活の中で、
たった一度しか遊んだことのない友人と遊んでいる。
彼女が何を考えているか高橋にはよくわかる。
高橋は彼女の性格を行動を意思を記憶を全てを理解している。


なぜなら彼女は高橋だから。
たった一度だけとはいえ、高橋だった女性だから。
そのことも全て高橋はわかっている。
そしてこれが夢であることも。

107 :夢から醒めたら:2006/03/18(土) 22:01:21

二人の耳には雨の音が聞こえている。
夢の中にも同じように激しい雨が降っている。
だが二人の体は全く濡れていない。
二人は両手を天にかざして雨を受け止める。
濡れることなくただ純粋に雨の美しさを享受する。


二人は幾度となく言葉を交わす。
だがその言葉は声にはなっていない。
声にはならないがその思いは確実に言葉となって二人の心を行き交う。
やがて夢の舞台は東京から福井へと移ろうする。
遠く離れているはずの二つの土地は、たった一本の道でつながる。


高橋はこの道が福井へとつながっていることを知っている。
そこは高橋が彼女と出会った場所。
彼女と別れた場所。
もう二度と行くことはないと思っていた場所。


高橋はこの夢がもうすぐ醒めることに気づいている。

108 :夢から醒めたら:2006/03/18(土) 22:01:38

高橋は夢の中でぐるりと福井を一周する。
時間という概念を超え、高橋は一息で記憶にある全ての場所を巡る。
高橋は自分が何をするためにここに戻ってきたかを知っている。
でもそれがもう二度とできないことも知っている。


初めて見る場所。
でも見覚えのある場所。
いつしか高橋は東京に戻ってきていた。
彼女はもう高橋の傍らにはいない。
でもそれでいい。もう十分だと高橋は思う。


高橋は彼女のことを忘れてはいなかった。
彼女が高橋にしてくれたことを忘れてはいなかった。
今はそれで十分だった。
もうすぐこの夢は醒める。
高橋はかなり正確にその事実を理解している。
あと5秒。あと4秒。あと3秒――――


夢から醒めたら。
バスを降りて。
傘をさして。
たった一度しか会えない私と―――
きっといつもとは違うこの街で―――

109 :名無し娘。:2006/03/18(土) 22:02:21

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

110 :私の手は長い:2006/03/21(火) 19:31:23

読みかけの短編小説集に栞を挟み、高橋愛はふうと一つ息を吹いた。
叩きつけるような暴風雨の中をバスはのろのろと走り続けている。
とても予定時刻通りには着きそうにはない。

着いたら色んな人に謝らなきゃいけないんだろうな
―――あたしが悪いわけじゃないのに―――
そう思うと読んでいた本の世界にも上手く入り込めなかった。

111 :私の手は長い:2006/03/21(火) 19:32:33

高橋は携帯を手に取り何人かに電話をかける。
大雨は関東全域に影響を与えている。
やはり他にも何人か遅れてくる子がいるようだ。
仕事が中止になればいいのに―――
と思うがもちろん雨くらいで仕事は中止になったりしない。


高橋は両手を伸ばし、前の座席の背もたれに手をかける。
ぐいっとつっぱり体を反る。
長い腕に長い髪がかかる。


高橋は首を傾け耳を肩につける。
髪のひんやりとした感触が体に伝わる。


雨は高橋を乗せるバスだけではなく街中を冷たく濡らす。
風は雨の斜線をあらぬ方向にうねらせる。
雨と風に熱を奪われた街は、ものも言わずただただ立ち尽くす。
空は昼とは思えないほど暗い。

112 :私の手は長い:2006/03/21(火) 19:33:19

高橋は意味もなく両手を斜め前方に突き出す。
指先を伸ばす。拳を握る。それを繰り返す。
何度も何度もグーとパーを繰り返す。
そして指を広げたまま止める。


高橋は指の隙間から前方を覗き込む。
焦点が合わない視野にはほとんど何も入らない。
ほんの1メートルもない距離。
だがその先は高橋には見えない。


高橋は腕を伸ばすの止め、自分の掌をまじまじと見つめる。
意味などない。
高橋は自分がやりたいと思うことを忠実に実行している。
ただそれだけだった。


見つめたいから見つめている。
座りたいから座っている。
乗りたいから乗っている。
ただそれだけだった。

113 :私の手は長い:2006/03/21(火) 19:33:39

高橋はまだ掌を見つめている。
考えたいことはたくさんあった。
だが一度に湧き上がってきたイメージは
他のイメージと相( ´D`) テヘィあって高橋の中で形にならない。


きれいな手。あたしの手。あたしの仕事。
あたしが手に入れてきたもの。あたしの指。
あたしの掌からこぼれ落ちていったもの。あたしの夢。
あたしの未来。あたしの過去。笑った記憶。
明日からの予定。あたしの爪。ゆるい時間。
あたしが書いた手紙。この間の怪我。
あきらめた夢。あたしが好きな人。あたしの髪。
みんなの考えていること。あたしが考えていること。


いつの間にか雨は止んでいた。
雨はさらに勢いを増して降り続けていた。
どちらであっても同じだった。
何も考えていない高橋にとっては同じことだった。

114 :私の手は長い:2006/03/21(火) 19:34:03

不意にマナーモードにしてあった携帯電話が振動する。
あまりの振動音の大きさに高橋は一瞬ぎょっとする。


高橋の手は高橋が指令を出すまでもなく
全く無駄のない動作で携帯電話を操作する。
高橋の手は当たり前のように手として機能していた。


高橋はごく普通に頭を働かせ、電話の内容を理解する。
整理して記憶の棚に入れる。


高橋は人間として無駄なく動く。
その長い手が意味もなく伸ばされることはもうない。

115 :名無し娘。:2006/03/21(火) 19:34:20

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

116 :ギブ・アップ:2006/03/30(木) 21:49:39

読みかけの短編小説集に栞を挟み、高橋愛はふうと一つ息を吹いた。
叩きつけるような暴風雨の中をバスはのろのろと走り続けている。
とても予定時刻通りには着きそうにはない。

着いたら色んな人に謝らなきゃいけないんだろうな
―――あたしが悪いわけじゃないのに―――
そう思うと読んでいた本の世界にも上手く入り込めなかった。

117 :ギブ・アップ:2006/03/30(木) 21:49:57

叩きつける雨と風。
痛そうな音を立てて震える窓。
同じ音だ―――高橋はそう思う。
イライラ。ジリジリ。どれも違う。
深く沈んだ高橋の心に延々と響く音。
それは窓を叩く雨の音と全く同じだった。

高橋は窓のロックをかたかたと動かして遊ぶ。
カチャリと音を立てて鍵は容易に外れる。
不意に高橋の心に一つの衝動が走る。

この窓、開けてやるんだ。
そこからこの本、投げようかな。
カバンも傘も。
ばさーって投げるの。

そんな事を思いつくと同時に高橋は窓を開ける。
高橋が開けたほんの少しの隙間から
雨は鋭利な角度で折れ曲がりながら車内へ切れ込んでくる。
車内の乗客達はもの凄い勢いで高橋の方へ振り返る。
高橋の前髪がはたはたと跳ね上がる。

118 :ギブ・アップ:2006/03/30(木) 21:50:10

ちょっとした怒号が車内に響く。
何人かが同時に高橋に向かって怒鳴りつけてくる。
特急列車のような風が高橋の耳元を通り抜ける。
この音好きやわ。
そんなことを思いながら高橋は立ち上がる。
本を窓の外に投げる。

無表情でポンポンと本やカバンを投げ捨てる高橋を前に、
いきり立っていた乗客達は気勢を削がれる。

高橋はまるでグラビア撮影のポーズのように
頭を可愛らしく斜め45度に傾け、開いた窓の隙間に
自分自身が通れるかどうかを検討する。
窓の隙間は思っていたよりも狭い。
どうやらそれ以上は開かない構造になっているようだ。

119 :ギブ・アップ:2006/03/30(木) 21:50:24

バスの車内は傍若無人な雨風が流れ込む。
高橋の近くに座っていた乗客は立ち上がる。
他の乗客もわらわらと動き、高橋と距離をとる。
運転手は車内の妙な雰囲気に気がついているが、
その正体が一体何なのか、全く理解できていない。

車内はもはや車外と同じくらいの勢いで風が吹き付けている。
ほんの少ししか開いていない窓の隙間から
湧き上がるように次から次へと風が巻き起こってくる。
風が滑らかに運んでくる雨は、座席を濡らし、
吊り革を濡らし、広告を濡らし、そして高橋を濡らす。

ほんの短い時間だったかもしれない。
だが乗客達には何十分にも感じられたかもしれない。
やがて高橋は何事もなかったかのように窓を閉める。
座席に座った高橋は自分の髪が随分濡れていることに気づく。

はっはっは。
電灯が消えるように高橋は笑う。

120 :ギブ・アップ:2006/03/30(木) 21:50:40

カバンからタオルを取り出そうとして高橋は気づく。
カバンはさっき窓から投げてしまった。
はっはっは。
再び高橋は干からびたヒトデのように笑う。

いやーん。
カバン、さっき投げてしもうたわ。
やめといたらよかったのに。
この髪どうしよ。あはは。
早くバス着かへんかな。

高橋はあっさりと髪を拭くことを諦める。
諦めることには慣れている。
びしょびしょに濡れた肩周りが気持ち悪い。
だが気持ち悪いことにも慣れている。

雨は強さを増して窓を叩く。
激しい音は高橋の耳にも届いている。
だが高橋の心は不穏な音もなく澄み渡っていた。
バスが遅れていることすら頭の中にはなかった。
体に、心に、まとわりつく全ての事を諦め、
高橋はただただバスが着くのを待っているだけだった。

121 :名無し娘。:2006/03/30(木) 21:50:57

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

122 :ネバー・ギブ・アップ:2006/04/02(日) 21:58:52

読みかけの短編小説集に栞を挟み、高橋愛はふうと一つ息を吹いた。
叩きつけるような暴風雨の中をバスはのろのろと走り続けている。
とても予定時刻通りには着きそうにはない。

着いたら色んな人に謝らなきゃいけないんだろうな
―――あたしが悪いわけじゃないのに―――
そう思うと読んでいた本の世界にも上手く入り込めなかった。

123 :ネバー・ギブ・アップ:2006/04/02(日) 21:59:21

叩きつける雨と風。
痛そうな音を立てて震える窓。
同じ音だ―――高橋はそう思う。
イライラ。ジリジリ。どれも違う。
深く沈んだ高橋の心に延々と響く音。
それは窓を叩く雨の音と全く同じだった。

高橋は窓のロックをかたかたと動かして遊ぶ。
カチャリと音を立てて鍵は容易に外れる。
不意に高橋の心に一つの衝動が走る。

この窓、開けてやるんだ。
そこからこの本、投げようかな。
カバンも傘も。
ばさーって投げるの。

そんな事を思いつくと同時に高橋は窓を開ける。
高橋が開けたほんの少しの隙間から
雨は鋭利な角度で折れ曲がりながら車内へ切れ込んでくる。
車内の乗客達はもの凄い勢いで高橋の方へ振り返る。
高橋の前髪がはたはたと跳ね上がる。

124 :ネバー・ギブ・アップ:2006/04/02(日) 22:01:14

氷のように冷たい雨粒。
コマ送りのスローモーションのように
雨粒はゆっくりと高橋の視界を横切り、するりと頬を舐める。
冷たさは物理的な打撃となって、高橋の脳にその衝撃を伝える。
それはほんの一瞬の―――ほんの一瞬の出来事。


我に返った高橋はぴしゃりと窓を閉める。


騒然としていた車内の雰囲気は、とりあえず落ち着きを取り戻す。
所詮子供のした悪戯。
誰も高橋を直接咎めることはなく、小さな事件は終焉する。
それを見て高橋は―――もう一度この窓を開けてやろうか―――
と思ったが、さすがにそんなことをする勇気はなかった。

125 :ネバー・ギブ・アップ:2006/04/02(日) 22:01:57

高橋は手持ち無沙汰になった小説に目をやる。
それは小さな文庫本。
夢物語が詰まった小さな小さな宝箱。
書店の店員が掛けてくれた薄茶色のカバーは、
さっきの雨に濡れ、今にも破けそうだった。


またいつか読む機会もあるだろう。
そう思いながら高橋は本をすとんとカバンの中にしまう。


雨は変わらず激しい勢いでバスの横腹を叩いている。
しゃん・・・しゃん・・・・・・・しゃん。
不規則な間隔で窓を叩く雨粒の群れ。
水滴は窓に当たった瞬間、形を失い路上へと吸い込まれていく。


それでも雨は飽くことなく不規則に降り続ける。

126 :ネバー・ギブ・アップ:2006/04/02(日) 22:05:10

高橋はカバンからタオルを取り出し濡れた髪を拭く。
髪は完全に乾くわけもなく、しっとりと高橋の輪郭を湿らす。


高橋は手鏡を出して髪を整える。
ほとんどメークをしていない顔は、
それでもきりりと引き締まった表情をしている。
雨が憑き物を落としてくれたのだろうか。
高橋は鏡の中の自分を軽く睨んでから鏡をしまう。


気のせいか雨も小降りになってきたように感じられた。
速度を上げてバスは目的地へと向かう。
高橋は自分でも驚くほどあっさりと気持ちを切り替える。
遅れようが謝ろうがやるべきことはやらなければならない。
それはこの雨とは何の関係もないことだ。


ふと高橋は数分前に自分が開けた窓を見つめる。
そこには当たり前のように閉じられた窓がある。
はっはっは。
訳もわからず高橋は―――花火が開くように笑う。

127 :名無し娘。:2006/04/02(日) 22:05:28

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

128 :雨に導かれて:2006/04/11(火) 20:56:16

読みかけの短編小説集に栞を挟み、高橋愛はふうと一つ息を吹いた。
叩きつけるような暴風雨の中をバスはのろのろと走り続けている。
とても予定時刻通りには着きそうにはない。

着いたら色んな人に謝らなきゃいけないんだろうな
―――あたしが悪いわけじゃないのに―――
そう思うと読んでいた本の世界にも上手く入り込めなかった。

129 :雨に導かれて:2006/04/11(火) 20:56:44

吹き飛ばされそうな傘を紺野あさ美は懸命に握り締めている。
雨は上から下からくるくると回りながら紺野を濡らす。
吹き荒れる風を前に、真っ直ぐ歩くこともままならない。

過去のことも未来のことも頭から消える。
―――バカバカバカバカ―――
いつになく曇りのない純粋な怒りが赤く紺野の脳内を染める。

130 :雨に導かれて:2006/04/11(火) 20:57:06

窓に映る黒い雲は地平線のない東京の空を覆っている。
小川麻琴は時計を見ながら時間を逆算している。
少しでも長くこのコンビニで雨宿りをするつもりだった。

ふと手にした雑誌には「モーニング娘。」という字が書いてある。
―――あたしの名前なんてないんだろうな―――
そう思いながらも小川は一字一字丁寧に活字を追う。

131 :雨に導かれて:2006/04/11(火) 20:57:31

ガシガシと雨とは思えない音を立てて雨はバスの窓を叩く。
窓から見える季節感のない景色に新垣里沙は軽く憂鬱になる。
春も夏も秋も冬も。雨は変わらずに街を黒く沈める。

服や靴のあちこちは跳ねた泥水で汚れている。
―――汚れるって最初からわかっていたら―――
予測などつくはずもなかった未来を前に新垣は天を仰ぐ。

132 :雨に導かれて:2006/04/11(火) 20:57:58

バス亭とは名ばかりのただのベンチの前で亀井絵里は震えている。
吹き付ける冷たい風は体を舐め回すようにして体温を奪う。
多くの人が行き交うが、バスを待っているのは亀井一人だけだった。

滅多に遅れることのないバスが来ないことに亀井は苛立つ。
―――あたし一人だけ取り残されたの?―――
亀井の独りよがりな問いに答えるように、ゆっくりとバスが姿を現す。

133 :雨に導かれて:2006/04/11(火) 20:58:30

ばきばきと折れた傘を前に道重さゆみは呆然となる。
目的地までの道のりはまだまだ遠い。
捨てるに捨てられず折れた傘を頭にかぶせて道重は進む。

ピンクの長靴はざぶざぶと音をたてて水溜りを裂く。
―――長靴に合う可愛い服ってなかなかない―――
そんなことを考えながら道重は、風に舞いながらゆらゆらと歩く。

134 :雨に導かれて:2006/04/11(火) 21:00:35

激しい雨の中をバスはゆっくりと走っている。
田中れいなは重いカバンを背負いながら吊り革に揺られている。
濡れた床にお気に入りのカバンを置く気にはならなかった。

重たいカバンの中には田中が必要としている全てが詰まっていた。
―――バスが着くまでの辛抱だから―――
田中れいなはバスが着いたらカバンが軽くなると、半ば本気で信じていた。

135 :名無し娘。:2006/04/11(火) 21:01:00

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

136 :いつかきっと:2006/04/26(水) 21:42:25

読みかけの短編小説集に栞を挟み、高橋愛はふうと一つ息を吹いた。
叩きつけるような暴風雨の中をバスはのろのろと走り続けている。
とても予定時刻通りには着きそうにはない。

着いたら色んな人に謝らなきゃいけないんだろうな
―――あたしが悪いわけじゃないのに―――
そう思うと読んでいた本の世界にも上手く入り込めなかった。

137 :いつかきっと:2006/04/26(水) 21:43:01

吹き荒れる雨のカーテンを押しのけるようにバスは進む。
まだらに渦巻く雨の塊は高橋の視界を右に左に流れていく。
バスの車内という隔離された空間の中で高橋はそれを見ている。


バスの外。
嵐。
それこそが真実の世界。


バスの中。
平穏な空気。
切り取られた偽りの世界。


バスはゆっくりと停留所に止まる。

138 :いつかきっと:2006/04/26(水) 21:43:19

高橋は一瞬、そこで降りたくなる。
もちろんそこは高橋の目的地ではない。
先はまだ長い。
途中下車をすることは許されない。


許されない?
誰に?


ゆっくりと扉が閉じる。
バスは再び雨の中を走り出す。

139 :いつかきっと:2006/04/26(水) 21:43:42

いつかきっと自由になるんだ。

この雨からも

このバスからも

モーニング娘。からも

高橋愛からも

いつかきっと鎖を外すんだ。

いつかきっと。

いつかきっと。

140 :いつかきっと:2006/04/26(水) 21:43:57

再びバスは停留所に止まる。

高橋は躊躇うことなくバスを降りる。

途中下車なんかじゃない。

どこであっても関係ない。

バスを降りたその場所こそが高橋の目的地。

141 :いつかきっと:2006/04/26(水) 21:44:14

バスは高橋を置いて走り出す。

バスはゆっくりと確実に高橋から離れていく。

降りしきる雨がバスと高橋を分かつ。

高橋からはもうバスは見えない。

バスからはもう高橋は見えない。

142 :いつかきっと:2006/04/26(水) 21:44:24

だがいつかきっと高橋は再びバスに乗るだろう。

高橋愛が高橋愛であるように。

いつかきっと。

いつかきっと。

この雨がいつかきっと止むように。

いつかきっと。

いつかきっと。

143 :名無し娘。:2006/04/26(水) 21:44:40

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

144 :名無し娘。:2006/04/26(水) 21:56:50

 1  2/15  >>1-6       心の鏡
 2  2/16  >>11-15     彼女の伴奏者
 3  2/17  >>20-25     二つの時計
 4  2/18  >>31-35     バスは咆える
 5  2/19  >>37-41     ノンストップ・バス
 6  2/25  >>43-48     雨だけが優しい
 7  2/26  >>52-56     黒は汚れない
 8  2/27  >>58-63     バラバラにして終わり
 9  2/28  >>65-69     ふざけたメール
10  3/04  >>71-76     雄弁な心の私
11  3/07  >>78-82     雨が止んでも
12  3/09  >>84-88     あたしのお気に入り
13  3/12  >>90-96     短編小説集
14  3/15  >>98-102.    彼は闇の中を走る
15  3/18  >>104-108   夢から醒めたら
16  3/21  >>110-114   私の手は長い
17  3/30  >>116-120   ギブ・アップ
18  4/02  >>122-126   ネバー・ギブ・アップ
19  4/11  >>128-134   雨に導かれて
20  4/26  >>136-142   いつかきっと

145 :名無し娘。:2006/04/26(水) 21:57:03

☆ ☆ ☆ ☆ ☆